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ねざめ堂

アニメ・映画・音楽

『たまこまーけっと』を振り返る 第9話

アニメ 『たまこまーけっと』を振り返る たまこまーけっと・たまこラブストーリー 京都アニメーション

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 『たまこまーけっと』『たまこラブストーリー』のネタバレがありますので、ご注意ください。


◯第9話『歌っちゃうんだ、恋の歌』

 脚本:吉田玲子
 絵コンテ・演出:三好一郎
 作画監督:内藤直

 

 脚本・吉田玲子と、演出・三好一郎(木上益治)の匠の技が冴えわたる第9話。かなり重層的な話なんだけど、それを詰め込み感ゼロでさらりと見せてしまう洗練の度合いがすごくて、放映当時度肝をぬかれました。『たまこまーけっと』ベスト・エピソード!

 まずは、シリーズ中の第9話の位置づけについての話からスタートです。


◯第9話の位置づけ

 これまでの感想でもしつこく書いてきたように、『たまこまーけっと』は、作品の表層で描かれる何気ない商店街での「日常」の下層に、その「日常」を維持しようとがんばる主人公・たまこの「個人的な物語」がマグマのように流れている、という構造を備えています。

 この構造をメタに言い換えると、うさぎ山商店街という「日常系アニメ的世界」を、「≒ アニメの制作者ポジション」である主人公のたまこが支えようとがんばる「メタ日常系アニメ」、という感じ*1

 作品のキャラクターと作り手を重ねすぎるのは本当にホントーに良くないですけど、たまこと山田尚子監督が、ともに首筋にほくろがある(位置は左右逆)というのは「たまこ ≒ 制作者ポジション」という観点から『たまこまーけっと』をみるうえで、ある程度示唆的なのではないかと思われます*2

 でも、そのようなたまこのがんばりには直接スポットはあてられず、作品が描くのは、あくまでも表層で展開される何気ない「日常」のほう。

 なぜそのような操作がされたのか?については、序論「結局、デラってなんだったの?」という記事にも書いたんですけど、商店街での「日常」を守るためにがんばるたまこの姿にスポットをあてると、その瞬間に『たまこまーけっと』は「北白川たまこの物語」になってしまうから…ということだと思います。

 たとえば放映当時「商店街の近くにイオンが出来た!っていう設定にして、そこと戦う話にすれば盛り上がるのに」という冗談まじりの案がネットで散見されましたが、たしかにこういう話をやれば「 ”日常” を守るためにがんばるたまこの姿」は強調されます。

 でも同時に、たまこが守りたいと思っている何気ない「日常」の気配は、エキサイティング(で、わかりやすい)「対立」の物語の前にかき消されてしまう。これでは本末転倒です。 

 これをまたメタに言い換えてみると「 ”日常系アニメ” を守ろうと頑張るたまこの姿にスポットをあてると、『たまこまーけっと』は “ストーリーアニメ” になってしまうから」となります*3

 このような観点から、第9話の構造をいつもの図にしてみました。カメラの位置が、作品がストーリーを切り取る「視点」です。

 

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  この第9話では、上層で描かれるサブキャラクターたちの「恋愛」と並行して、たまこの「母恋い」が描かれます。つまり、たまこが商店街を守ろうとする動機の一端が明かされる。

 うさぎ山商店街=「日常系アニメ的世界」を守る、という意味で、ともすれば「 ≒ アニメの制作者ポジション」というメタな立ち位置のキャラクターとも解釈できるたまこの背景が描かれることで、たまこが商店街で生まれ育った、作品世界の「内側」に生きるキャラクターなんだ、というあたりがあらためて強調されるエピソードなんですね。

 

◯たまことひなこ

 さきほどの図でも示したとおり、第9話では、二種類の「恋」が描かれます。「表層」でメインに描かれる、豆大・あんこ・もち蔵の「恋愛」と、「下層」で描かれる、たまこの「母恋い」。

 皆の視線が「恋愛」に向いているなかで、たまこだけは「母恋い」、親子愛をみつめていて、両者の視線にはズレがある。

 これまでの記事でも何度か出したこんな図があるんですけど、

 

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 この図のように、これまでのエピソードでは、たまこの視線は「日常の基盤=商店街の維持」に向いていました。皆が基盤の上で「日常のやりとり」を繰り広げるなかで、ただ一人「日常を成立させている基盤」そのものに意識が行っていた。

 それが明示されたのが、第2話のこのシーン。

 

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かんな「たまちゃんは商店街に夢中だね。」


 たまこを見つめるみどりと、商店街のPRフィルムを見つめるたまこの視線の「ズレ」。「基盤」の上で展開される「日常のできごと」=恋愛(未満?)への視線と、「日常のできごと」を可能にする「基盤」そのものへの視線。ふたつの視線の不一致。

 それで、この第9話では「たまこの ”基盤” への視線の根本には、何があるのか?」の一端が明かされます。どうやらそれは、母・ひなこへの「母恋い」につながっているらしい(すべてが明かされるのは最終回ですが)。

 第2話と第9話の双方に登場する「Everybody Loves Somebody」というキーワード。第2話で、たまこが見つめるスクリーンの商店街の向こうに何があったのか。たまこにとっての「Somebody」が明らかになってくる。

 たまこがずっと気にかけていた「生前の母がよく歌っていた歌」の正体が、このエピソードで判明します。父・豆大がひなこに贈ったラブソング。

 

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 たまこは母への強い憧れの気持ちから、この曲にこだわっていました。その疑問がひとつ解けたわけですが、そこで終らないのがこのエピソードの良いところ。ラストの、たまこから豆大へのセリフ。

 

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「私ね、お父さんのこと、もーっと好きになった!」

 

「ひなこの生きていた当時はなにげなくやり過ごしてしまった “母と歌” にまつわる過去の記憶を掘っていった結果、父のことをより深く理解でき、まだ生きている父にその気持ちを伝えることができた。」

 これは、ずいぶん前に書いた長~い記事(『たまこまーけっと』と『風立ちぬ』 ㊥)からの抜粋ですけど、母の好きだった歌へのこだわりも、豆大の若き日の恋も、ただの「思い出話」では終らなくて、現在へときっちり繋がってくる構成が良いですね。母への「Love」→ 父への「Love」へ。


◯豆大とひなこ

 …と、ここまでで、第9話で描かれる二種類の「恋」のうち、『たまこまーけっと』シリーズの核心と関連の強いたまこの「母恋い」については書いてしまいました。

 ここからは「上層」で描かれる三者三様の「恋愛」について、個別にみていきたいと思います。

 
                     ◯

 

 豆大に関しては、時間軸が過去にさかのぼって、学生時代のひなことの馴れ初めが描かれます。

 ひなこの描写で目を惹くのは、アバンでの日傘の扱い。アーケード下の日陰を歩いてきたひなこは、日なたに出るときにわざわざ日傘を広げます。

 

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 「わざわざ」と書いたのは、アーケード下の日陰から、ひなこの目指す「たまや」までは、ほんのちょっとの距離なんですね。普通なら日傘を開く手間を省略してもおかしくない距離であることがわかるカットが挿入されています。

 

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 これにより、ひなこの日傘がたんなる「日焼け予防」以上のものなんじゃないか?ということが推測できます。

 ひなこの死因は作中では明らかにされないので、事故などの「突然の出来事」が原因である可能性も捨てきれないんですけど、もしかして学生時代から身体は弱かったのかな?というあたりがうかがえる描写*4

 いずれにせよ、彼女が「外界の暴力から、か弱い身体を守ろうとしている」という、どこか儚いイメージの背後に、後に訪れる若すぎる死の気配が(ごくごくうっすらと)織り込まれたシーンです。

 そんなひなこに寄せる豆大の想いがいまでも強い、ということが表れていたのがこの会話。たまこがいつも通り、新作もちのアイデアを提案するんだけれど、

 

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「豆大福もいいんだけど、秋なんだしブドウとか入れてみたらどうかな?それとか、梨大福とか柿大福とか…」

「ダメだ。うちの大福は豆が一番いいんだ。」

 

 伝統にこだわる豆大の保守性を表したシーン…でもあるんですけど、アバンでひなこの口にした「たまやの豆大福が好き」というセリフを考え合わせると、やっぱりこれはひなこLOVE発言なんだろうなー、と。


                     ◯


 もうひとつ印象的だったのは、豆大に告白されて、びっくりして思わず逃げてしまうひなこの姿。

 

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 このシチュエーションは『たまこラブストーリー』で、たまこともち蔵の間でも再現されていましたね。たまこのあの行動は母方の血筋だったのか…。

 

◯あんこと柚季

 第4話の感想にも書きましたが、第4話『小さな恋、咲いちゃった』と今回の第9話は、いろいろな点でつながりのある、いわば「対」になっているエピソードです。

 亡くなったひなこと、家族との関わりが描かれている(第4話・あんことひなこ、第9話・豆大とひなこ…たまことひなこの交流だけがあえて描かれないのも、この作品らしい匙加減)という共通点はもちろんですが、それに加えて、


・あんこの恋の顛末と、家業に否定的だったあんこの心境の変化
・年長組(たまこ・もち蔵)の成長


 このふたつが、第4話と第9話をまたいで描かれています。

 まずはあんこサイドの話から。第9話は、第4話で描かれたあんこの恋物語の「続き」でしたが、それと同時進行で、家業(もち屋)に否定的だったあんこの心境が、肯定的なものに変化していった「その後」の様子も描かれていました。

 もともと洋風のイメージを好むあんこ(「あんこじゃなくてアンって呼んで!」発言、部屋の内装、洋食メニューに喜ぶ描写が何度か登場etc.)は、渋い和風のたまやを「地味」と敬遠しているらしいところがありました。第1話の時点でこんなシーンも。

 

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「おじいちゃん、家はなんでもち屋なの?」

「さあ、始めたのはおじちゃんのおじいちゃんだからねぇ。それがどうかしたのかい、あんこ?」

「言ってるでしょ、あんこじゃなくて ”アン” って呼んで!」

 

 それに加えて、第4話では店の手伝いのせいで柚季たちとのお出かけがキャンセルになってしまい「あーあ、なんでおもち屋さんなんかに生まれてきたんだろ」と嘆くあんこ。

 

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「お前だってこの店の娘だろ。」

「べつに好きでなったわけじゃ…」


 そんなあんこも、第4話の後半ではたまこたちと一緒に客寄せの呼び込みをしたりと、徐々に家業を肯定しはじめた様子でしたが。

 さらに、第9話で柚季がおもちをたまやに買いに来る(近所への引っ越しの挨拶用)のも、「年末にはお正月のおもちを買いに来るから、また会えるよね」と柚季との縁が続く*5のも、家業がもち屋だったから。『たまこまーけっと』では「おもち=きもち」ですが、まさにおもちがきっかけで関係が続いていくんですね。

 あんこが柚季に「おもち」を渡そうとして、デラを差し出してしまうシーンは、おもちを食べ過ぎて外見がもち化したデラの役割=「とりもち」を表現したシーンになっていました*6

 

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「召しあがれ。」

 

 コミカルに処理されているけれど、ここでのデラは、緊張するあんこの背中を押して、人と人とのあいだを「とりもつ」役割をしっかりと果たしています。

 

◯もち蔵とたまこ

 「あんこの恋~家業への肯定」と並んで、第4話と第9話をまたいで描かれるもうひとつの要素「年長組(たまこ・もち蔵)の成長」。

 そもそも、第4話でのたまこともち蔵は、あんこの周囲にいる「年長」の人間としてややダメな感じでした。

 たまこは近づいて来る商店街のお祭りに夢中(=日常の維持テーマと関連)で、母を恋しがるあんこの寂しさについては何もしてあげられず、柚季に寄せる恋心に至っては気付いてすらいない(家族外のみどりやかんなですら気付いているのに!)。

 もちろん「恋愛に関してニブい」のは、「母親のようになりたい・自分がしっかりしなきゃ」というたまこの気持ちの裏返しでもあります*7

 

たまこは、お母さんが早くにいなくなってしまったので、お母さんの代わりになろうと一足早く大人になってしまった部分が強いんです。成長して大人になったというより、その過程をとばしてしまったというか。

 

山田尚子監督インタビュー 『たまこラブストーリー』公式サイト

 

 そんなたまこを、年齢相応の思春期に引き戻して揺さぶりをかけたのが『たまこラブストーリー』でした。

 そのように『たまこまーけっと』では思春期をすっ飛ばし気味なたまこですが、第9話ではどうやらあんこの柚季への気持ちに気付いているようで(第4話のあとで、みどり達に諭されたと勝手に想像)、あんこが柚季に会いに行く口実を作ってあげます。

 

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 あんこの方が大人びて見える場面もちょくちょくみられる北白川姉妹ですが、第9話のたまこはすごく「お姉さん」してます。

 
                     ◯

 
 いっぽう、第4話でたまこにカッコいいところを見せようとして、醜態をさらしてしまったもち蔵。
 

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かんな「背中のウサギが泣いてるよ。」

みどり「情けないねぇ。」


 第9話では、親身になってあんこの恋をフォローしてあげる、という良いお兄さんっぷりを発揮。みてくれの良さを追求した第4話とは真逆の行動で、たまこからも感謝の言葉が。

 

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「もち蔵、ありがとね。」


 さらに、10月10日「おもちの日」生まれが災いして、いつもたまこに誕生日を忘れられていたもち蔵が、はじめてお祝いされるというサプライズも。これはもち蔵に感謝したあんこが、たまこに口添えした?

 感激したもち蔵が「うっ…」と口元に手をあてる仕草は『たまこラブストーリー』のクライマックスでもリフレイン。山田監督のコメンタリーによると、この話での演出をみて「すごくもち蔵っぽい!」と思って『たまこラ』にも取り入れたのだとか。

 

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 カワイイ奴である。

 

◯むすび

 もち像の仕草、告白されて逃げるひなこ、などのディティール面でも、「母恋い」から「恋愛(=変化)」へ、というテーマ面でも『たまこラブストーリー』に直結していく第9話。

 最終回と並んで『たまこまーけっと』の中核に肉薄するエピソードでした。今回観返して、その出来映えの鉄壁さにあらためて感服。

 ところでこの記事では、(いつも以上に)何度も「上層」「下層」と書きましたが、もちろん「下層」だからより「深い」、「上層」だから「浅い」ということではないです。「下層」のたまこの行動は、大切な「上層」での日常を守りたいという動機で行われているので、両者は等価、というか、コインの裏表のように切り離せない関係ですので、念のため。

 しかしこの記事、どうせなら10月10日にアップしたかったな…。無念。

 

 

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*1:うさぎ山商店街が、対立や衝突のない(豆大と吾平の関係のように、対立があっても致命的な事態に発展しない)平穏な「日常系アニメ的世界」として、作中でもやや特異な場所として描かれている…という点については 第5話  第6話  第7話 の感想を参照。たとえば、商店街の中ではギリギリ均衡を保っていたみどりともち蔵の緊張関係は、第5話の臨海学校で作品の舞台が「外」の世界に移るとバランスが崩れ、抜き差しならない衝突が起こります。

*2:山田監督と同じ位置にほくろのある女の子キャラは、京アニショップのCM(「行きたくなるお店編」)にも出てましたけど。『たまこま』・CM共にキャラデザは『けいおん!』でも山田監督と組んだ堀口悠紀子

*3:「日常系アニメ」と「ストーリーアニメ」の違いについて→線的な物語/面的な物語 

*4:ひなこ役が日笠陽子だから...という単なるギャグとかだったらどうしよう。

*5:町の外に引っ越していく柚季との縁がなお続く、というのも、これまでの感想で何度か書いてきた「共同体の枠をまたいだ緩やかなつながり」の表現。たとえば、第7話で結婚して商店街を出て行ったうさ湯のさゆりさんと一緒ですね。

*6:関連記事→ 『たまこまーけっと』を振り返る 第8話 

*7:単純にそっち方面に関して元々ニブい、という部分もあると思いますけど。