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ねざめ堂

アニメ・映画・音楽

丈槍由紀は堕天する、のか? ~『がっこうぐらし!』雑感

アニメ がっこうぐらし!

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※原作マンガは未読、アニメ版第9話までに準拠したネタバレ感想です。

 

月宮あゆ丈槍由紀と、天使のリュック
 

▶︎『がっこうぐらし!』が面白い。ヒロインの丈槍由紀が、荒廃したゾンビだらけの世界で平穏な学園生活を妄想し、周囲の部員たちがその妄想世界を支えることで精神の均衡を保つ、という構造の物語。

▶︎由紀の「平穏な世界」という妄想は「日常系」というジャンルを、それを支える周囲の部員たちは、日常系作品の「制作者」や「ファン」を意味する…というメタ日常系アニメとしても楽しめる作り*1

▶︎とはいえ、いたずらに「日常系って、ゾンビだらけの現実を見てないお花畑でしょ?」とからかうのではなく、由紀が示す平穏な世界のビジョンで救われる部員たち、という側面を描いているのが良い。極限状況下の日常シミュレーションという意味では、映画『ライフ・イズ・ビューティフル』(1997年)を連想させる。

▶︎「ひとりの少女の犠牲で皆の世界が救われる」ゼロ年代エンドがひっくり返って、「ひとりの少女の世界を皆で守る」構造になっているのも面白い。ニトロプラスも絡んでいることだし、このまま「マイノリティーの世界認識にあわせて現実がひっくり返る」という『沙耶の唄』(2003年)エンドに突入していったら凄いんだけど(ないか…)。

▶︎ところで、上述したような「メタ日常系」として『がっこうぐらし!』をみるとき、気になるのが由紀の天使の羽根つきリュック。このアイテムから、Key原作のゲーム『Kanon』(1999年)のメインヒロイン、月宮あゆを連想した人も多そう。

 

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耳つき帽子&羽根つきリュック。(※月宮あゆの画像は2006年の京都アニメーション版)

 

▶︎あゆも、由紀同様に、ある「現実」から目を逸らしている(そのことによって、天真爛漫にふるまうことができている)キャラクターだったので、由紀の天使の羽根つきリュック(と帽子)は、両者の世界認識のあり方の共通性を暗示するアイテムとして、オマージュ的に付与されたのだろうと思う(このご時世では「もちろんパクリとは違う」なんて当たり前の一言も、いちおう付けくわえておいたほうがいいのだろうか...)。

▶︎物語に登場する天使は、清らかだったり、救済をもたらす存在であると同時に、ときに「現実にコミットできない(していない)存在」という側面も持つ。代表例が、ヴィム・ヴェンダース監督『ベルリン・天使の詩』(1987年)。

▶︎あの映画の天使は、永遠の命や、この世の全てを見通す視野という超越性を手放し「堕天」*2することで、一回性の「生」に裏打ちされた、人間としての喜びを手に入れる(ループもののゲームやアニメとけっこう共通するテーマ)。

▶︎また、安野モヨコのマンガ『ラブ・マスターX』(1998年)のいじめられっ子・ハミオや、桜庭一樹の小説『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(2004年)の主人公の兄・友彦も、この「天使」系列のキャラクターだった。彼らは現実にコミットしていない間は「天使的」な美少年だが、現実の重力に引きずりおろされた後は、平凡な存在となる(=堕天)。

▶︎その逆をいったのが『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)。(以下2段落、結末に関するネタバレあり)。ヒロインの鹿目まどかは「一人のプレーヤー」=平凡な少女としての人生を断念し、メタ・プレーヤーポジションに移行したとき、天使のような羽根を背負った姿に変身する。

▶︎あの天使の羽根は、アフターQBの「新・魔法少女システム」の設計・管理者としての超越の証であると同時に、彼女がプレーヤーとしてシステムの内側=「地上の現実」にコミットできない存在になった、という烙印でもあった(それを「堕天」させよう、というのが『叛逆の物語』)。

▶︎…というような「天使」のイメージを踏まえると、月宮あゆと同様に天使の羽根を背負った天真爛漫な由紀は、物語のクライマックスで現実をはっきりと認識する=「堕天」するのが順当な気もするけど、これはまだわからない。作中では「認識」をめぐって「何が現実か?」みたいな会話も交わされていたし。

▶︎第9話の時点では、由紀自身も「日常系的世界」と「ゾンビまみれの現実」とのあいだで揺れている模様。最近のアニメでは、二択のどちらかを決断主義的に選択するのではなく、両者の止揚・アップデートに向かう、という結論が多い気がするけど、この作品はどうなるか。由紀の認識の問題や、彼女を支えることで結果的に救われている(見方によっては依存している、ともいえる)部員たちのストーリーに決着はつくのか?楽しみ。

▶︎ちなみに、キャラのなかでは「めぐねぇ」がお気に入りです。第10話ではひさしぶりに会えそうだね!うぐぅ…。

 

最終回の感想はこちら

あらためて作品全体の感想を書きました→丈槍由紀と「かれら」の失楽園 

  

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*1:メタ日常系マンガとしては『キラキラ☆ガールズ』という作品もあるそうです。まだ読んでないけど凄そう → 漫画喫茶へようこそ!/阿部和重 第53回 新規性を際立たせるため。批評のため。王道パターンをどう使うのか。

*2:「日常がいったん崩壊したあとで、ふたたび ”日常系” を成立させることについての “メタ日常系アニメ” 」だった『たまこまーけっと』から、ポスト日常系アニメ『たまこラブストーリー』への流れも、ヒロインの「堕天」を描いていました。関連記事 →『たまこまーけっと』を振り返る 第0話 オ−プニングについて