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『プリンセス・プリンシパル』全話無料配信 / 北野武関連記事宣伝

※この宣伝記事は10月中に削除します

 

先日最終回が放映された夏アニメ『プリンセス・プリンシパル』(公式サイト ←音が出るので注意)。世界観がガッチリと作り込まれていて、ストーリーの密度がギュっと高くて、ハードボイルドで、でもかわいくて、すごーく面白かったです。

「壁によって東西に分断された19世紀末ロンドン」「スパイ」「スチームパンク」「女子高生」と、設定だけきくと「そんなに盛って大丈夫か?」と不安になるけど、実際観てみるといろんな要素がちゃんと馴染んで違和感を感じさせないのが「絵」を使ったアニメの強みですね(実写でこんなことやったら、いろんな記号がバッティングしあって悲惨なことになると思われ)。

10月10日(火)までの期間限定で全12話の無料配信をやってるそうなので、気になっていた方はこの機会に!「基本的には」1話完結なので、まずは最初の数話をお試しに観てみるのもあり。私の場合は1話・2話の緻密な作りにハートをぎゅっと掴まれました。

 

プリンセス・プリンシパル - ニコニコチャンネル:アニメ

 
シリーズ構成を担当した大河内一楼が12話中10話分の脚本を書いてるだけど、話によってサスペンスあり、豪快なアクションあり、コミカルな描写あり、ビターな後味あり…とバラエティに富んだ魅力があって、プロの引き出しの多さ凄いなーとあらためて思いました。

もちろん脚本家だけでアニメのストーリーを隅々まで全部作っているわけではなくて、そのあたりについて触れている橘正紀監督の分も一緒に、インタビューのリンクはっておきます↓

 

予測不能の<嘘つきエンターテインメント>、Blu-ray&DVD第1巻発売!『プリンセス・プリンシパル』大河内一楼インタビュー | V-STORAGE

「プリンセス・プリンシパル」橘正紀監督インタビュー - アキバ総研


ほんとはアンプリの尊さとかドロベアのいじらしさとかプリちせのエロさについて延々語りたい誘惑にかられてるんだけど、キリがなくなりそうなので自重。

 

                   ◯


その『プリプリ』とバンダイビジュアルつながり…というのは強引すぎるけど、北野武監督の最新作『アウトレイジ 最終章』がもうすぐ公開。こちらは実写ならではの面白さ(音が出るので注意↓)

 

『アウトレイジ 最終章』10/7(sat)ROADSHOW

 

これに便乗して、当ブログの北野武関連記事を宣伝。『アウトレイジとビヨンドの面白味の違い』という記事は、最終章の予習にもなるんじゃないかなー、という内容なのでよろしくお願いします!

 

『アウトレイジ』と『アウトレイジ・ビヨンド』の面白味の違い

『Dolls ドールズ』感想:人が向きあうことの困難さ

北野映画、「遊び」の意味の変遷 ~『ソナチネ』『菊次郎の夏』感想

『菊次郎の夏』感想 ~「あの世」からの生還

 

上の記事では「アウトレイジのヤクザたちは、たとえ怒鳴り合っていてもそれはあくまで ”役割” を演じているだけであって、本気で怒っている奴はあまりいない」みたいなことを書いていて、その醒めた感触が『仁義なき闘い』なんかとは明確に違うこのシリーズ独自の魅力になっていたと思うのですが。

『最終章』の予告を見る限りでは、今回は過去作よりも「エモさ」が前面に出てきているような印象も受けます。あの大友が怒って発砲するシーンがあったりして。これが吉と出るか凶と出るか。

この映画の公開に合わせて、北野武監督の過去作もすべてブルーレイで発売されたそうですよ(北野武 Blu-ray & DVD Collection)。というかまだBD化してなかったんかい。海外では数年前に初期作をまとめたブルーレイボックス出てたような気がするんだけど。

やっぱり初期の北野映画の魅力は別格で、ストーリーの構造とか流れよりも「画」が優先される、説明を排除した研ぎ澄まされた作風を懐かしく思う気持ちが私もあるんですけど、当の監督はさっさと違う領域に進んで行っちゃってるんですよね。*1

 

映画監督としてアートというか、自分の根源的な部分だけで撮りたい気持ちはあるんだけど、果たしてそれがちゃんと伝わったり、公開してくれるところがあるんだろうか?という気持ちもあって。ただでさえDVDやBlu-rayの時代になって、映画館からフィルムはなくなってるし、デカいスクリーンで観る人も少なくなった。それどころか今はネット配信で、スマートフォンで見るような映画がジャンジャン出てる

そんなときに「映像美が」とか「カメラワークが」だなんて、一人で骨董屋やってる場合じゃないっていうね(笑)。だったらとにかく楽しめる、作品そのものがエンターテイメントっていうものを作ってやろうと思った。時代がそう変わっているわけだから。

北野武インタビュー「老人を大切にしようなんて、大きなお世話」 : CINRA.NET

 
凡百の監督がこんなこと言っても「うるせえよバカヤロー!」で終わりなんだけど、あの『3-4x10月』や『ソナチネ』を撮った北野武に言われるとちょっとうろたえちゃいますね。この発言をどう受けとるかは人それぞれですが、タレント・ビートたけしとしての強かに現状肯定的な部分(広い意味での保守性)が表れている感じがして面白いです。

 

『10 クローバーフィールド・レーン』雑感

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劇場公開時に見逃していた『10 クローバーフィールド・レーン』(2016年)をようやく観たので(面白かった〜)、感想というか、この映画にまつわる雑感です。

傑作だった前作『クローバーフィールド』(2008年)は、「疑似ドキュメンタリー形式で作られた怪獣映画」というのが売りになっていて、怪獣のニューヨーク侵略が、一般市民のホームビデオで撮影された映像によって語られていく映画でした。

 


Cloverfield - Trailer

 

災害映画や怪獣映画みたいに社会の大規模な破壊が描かれる映画では、全体の状況を俯瞰するように複数の視点から物語が進められていくことも多いんだけど(去年の『シン・ゴジラ』はまさにそういう映画でしたね)、『クローバーフィールド』は全編が普通の市民のいわば「一人称」に近い視点から語られているので、大局的に何が起きているのかがさっぱりわからない。

制作者は「NYを舞台にしているが、911とは関連はない」みたいなコメントも出しているんだけど、でもこの映画に表出しているのが「世の中が破滅的な方向に向かっていて、自分もその状況に含まれているのに、全体として何が起きているのかまったく把握できない」みたいな恐怖感である...ということは言えるんじゃないかなーと思います。

それで、こういう映画を観て連想するのはやっぱり、スティーヴン・スピルバーグの『宇宙戦争』(2005年)。スピルバーグ本人が「僕は『宇宙戦争』ですっかり変わってしまった」みたいなコメントをしていましたが、これは思い切り911のショックを引きずっているであろう映画でした。

 


War of the Worlds (2005) - Trailer

 

世界的トップスターであるトム・クルーズが主演に据えられているにも関わらず、平凡な一市民である主人公は宇宙人の襲来にたいしてほぼ何もできず、子供を連れてひたすら逃げ惑うのみ(トム・クルーズがまた、そういう役もすごーく上手くこなすのだ)。彼は宇宙人撃退のキーパーソンになったりすることはなく、物語は常に彼の視点に寄り添って進むので、観客には全体的な状況がまったく把握できない。

それだけでなく、トム・クルーズはわが子の命を守るために、とてもハリウッド映画の主人公とは思えないような行為に手を染めます。全体的にとても暗~いムード…もっといえば「無力感」に覆われた映画で、『クローバーフィールド』にもそういう「我々にはなにもわからん・なにもできん」という気分が蔓延していました。

そして、『10 クローバーフィールド・レーン』では、主人公の「なにもわからん」度がさらに加速しています。冒頭、交通事故に巻き込まれて気絶した女性主人公は、目覚めると地下のシェルターに軟禁されている。シェルターの持ち主の中年男があらわれて「世界は何者かの襲撃で壊滅状態で、外には出られない」と告げる。男の言葉以外の情報を持たない彼女には、それが事実なのか、それとも変態監禁男の妄言なのかが判断できない。

クローバーフィールド』と、登場人物やストーリー上の直接的なつながりは持たない『10 クローバーフィールド・レーン』ですが、描かれている状況...「自分の置かれた状況が把握できない、という状況」はきっちりと前作よりも深化した、まさしく「続編」なんですね。

でも前作と違うのは、主人公が自分の置かれた状況をどうにか把握しよう、という方向に奮闘するところで、物語終盤には「無力感に打ちひしがれて逃げ回るのではなく、なんとか状況を把握して事態に立ち向かう」というアグレッシヴなムードが横溢しています。

これを前作からのポジティヴな変化と受けとるか、それとも単に「続編として、作劇的に前作の逆の方向性が採用された結果にすぎない」と感じるかは微妙なラインだなーと思ったりもしたんですが、扱っている内容にたいして尺が丁度良い長さにまとまっており(脚本のバランスがいい!)、最初から最後までテンションが途切れず楽しめた作品でした。

 

『クズの本懐』感想(後編):花火と茜・ひとりのヒロイン

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  今年の1~3月に放映されていたアニメ版『クズの本懐』(公式サイト)。放映中に第1~6話までの感想はアップしていたのですが、

『クズの本懐』感想(前編):代替可能な恋愛関係 


 この内容を前提としたうえで、「後編」として、シリーズ全体の感想です。今回はおもにストーリーの構成に焦点をあてた内容になっています。最終回までのネタバレありです。

 

◯花火と茜:極限で似る者

 6話までの感想で、主人公・花火と、彼女に執着する音楽教師・茜との関係についてこんな事を書いたんですけど、

茜はもしかしたら、「幼い日の花火が ”お兄ちゃん” のような自分の世界を壊す存在に出会えなかったとしたら?」という「if(もしも)」的なキャラクターとして造形されているのかもしれません。

 最終回まで観終えてみると、このふたりは思った以上に明確に、お互いの「if」として物語のなかで対置されていました。

 『クズの本懐』には計6人のメインキャラクターが登場して、その関係性がどんどん錯綜していくところが見所だったわけですけど、物語のさまざまな枝葉を取り払って幹の部分だけを取り出してみると、最終的には「花火と茜の話」だった、ということが言えると思います。

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