ねざめ堂

アニメ・映画・音楽

洋楽好きに「日常系アニメ」の魅力を布教してみた。

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 最近ちょっとアニメに興味が出てきたという、非オタで音楽好きの友人との会話を元ネタにして書いてみました。

 

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丁稚:今回は、音楽好きな番頭さんにむけて「日常系アニメ」の魅力を説明してみよう、という企画です。


番頭:日常系アニメって『けいおん!』とかだよな。タイトルしか知らないんだけど。


丁稚:はい。日常系アニメの金字塔ですね。まあ「日常系」とか「空気系」っていう括りって、真面目に定義を考え始めるとよくわからなくなって、ドツボにはまるんですけど。


番頭:そういうもんなのか。


丁稚:音楽でも、ジャンル分けってそうじゃないですか。パンクとか、厳密な定義がよく分からないでしょ。


番頭:パンクはべつに、特定の音楽スタイルを指す言葉じゃないからな。厳密に定義しようとすると当然その枠に収まらない例外が出てくるから、それをフォローするためにサブジャンルが異様に増殖していって、結局ワケわかんなくなったり。


丁稚:ジャンルの際限ない細分化は、どんな分野の趣味にも待ちうける罠ですね。なので前提として、ここでの「日常系アニメ」は、「ゼロ年代以降に制作された、萌えキャラが複数出てくる、なにげない日常を描いたアニメ」をふわっとイメージしてください。


番頭:ふわっと?


丁稚:ふわっと。じゃないと、定義づけだけで話しが終わっちゃいますから。

 

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丁稚:まずは…番頭さん、この間おすすめした『魔法少女まどか☆マギカ』は見てくれたんですよね?


番頭:ああ、「次はどうなる?」って感じで、最後まで一気見しちゃったよ。すごく面白かったぞ。


丁稚:そこですよ。


番頭:どこだよ。


丁稚:「日常系アニメ」は、『まどマギ』みたいな「次はどうなる?」っていう先にひっぱられる面白さ、つまりストーリーが「売り」ではないんです。


番頭:というと?


丁稚:音楽で例えてみますね。まず、アニメやドラマの「ストーリー」は主旋律、ロックやポップスでいえば「歌メロ」だと思ってみてください。


番頭:ん?まあ、とりあえず、うむ。


丁稚:良いメロディの曲って、伴奏ぬきの歌メロだけでも、ある程度は魅力が伝えられますよね。


番頭:歌い手がひどいオンチじゃなければな。


丁稚:はい。では、そんな素敵なメロディを持った曲の一例として、サイモン&ガーファンクルの1970年の全米NO.1ヒット曲『明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)』を聴いてみましょう。


番頭:ポール・サイモン夫妻、大丈夫かな~(ハラハラ)。

 

 


Bridge Over Troubled Water-Rare Demo - YouTube

 

 

 丁稚:いや~、いつ聴いても素晴らしいですね。


番頭:同意するけど、なんでデモ・バージョン?


丁稚:アルバムバージョンの最後のストリングスとかドラムって、いまの耳で聴くとちょっとオーバーというか、エモすぎるというか。


番頭:バカ者、あれが感動的なんだろうが!…まあ、今は置いておくか。で、この曲がどうした?


丁稚:この曲にははっきりとした歌メロがあって、その歌メロには「Aメロ → Bメロ → サビ」っていう明確な構成がありますよね。サビにむかって、段階をふんで曲の感情が徐々に盛り上がっていく。


番頭:いまのロックやポップスはこういう、ヴァース=コーラス形式の曲が主流だな。『まどマギ』の主題歌もそうだったぞ。


丁稚:はい、アニソンもこういうはっきりした構成の曲が多いですね。ちょっと乱暴ですが、『まどマギ』みたいなストーリー主導型の作品は、音楽でいえばこういう歌メロ中心型の曲とおなじ、と仮定してみます。


番頭:というと?


丁稚:「Aメロ → Bメロ → サビ」みたいなカッチリしたメロディの構成って、ストーリー構成と似てるじゃないですか。ストーリーライン/歌メロっていう「主旋律」が、クライマックス/サビに向かって盛り上がっていく。


番頭:ストーリーが歌メロっていうのはそういう意味か。


丁稚:そして、そういうストーリー主導型の作品っていうのは、あらすじを口頭で説明したり文章に置き換えても、歌メロをアカペラで歌うみたいに面白さが伝わるんですよ。


番頭:ある程度はな。


丁稚:もちろん面白さの伝達度はメロディには及ばないですけど、聞く人に「面白そうなストーリーの作品だな」と思わせることはできるでしょう。


番頭:ふむ。で、日常系アニメはそういうストーリー主導型じゃない、ということか。


丁稚:「とりあえず」はそうです。そして、ストーリー主導型じゃない日常系アニメを音楽に例えると…

 

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丁稚:ズバリ、ファンク・ミュージックなんです!


番頭:なぜ溜めたし。


丁稚:番頭さん、ファンクお好きでしょ?


番頭:ああ、そんなに詳しくないけど、JBとかスライとかミーターズとかの有名どころは聴くな。


丁稚:ではここで、ファンク・ミュージックの一例として、『明日に架ける橋』と同じ1970年リリース、ジェームス・ブラウンの『Get Up (I Feel Like Being Like A)Sex Machine(Part 1)』を聴いてみましょう。

 


James Brown - Get Up I Feel Like Being A Sex ...

 

番頭:やっぱいいな、自然に腰動いちゃうな。


丁稚:ずっとカクカクしてましたね。


番頭:JBなら他にも名曲は山ほどあるけど、「ゲロッパ!」のせいで日本ではこれがダントツで有名だよな。…で、日常系アニメのどのあたりがファンクなんだ?


丁稚:今曲を聴いてもらってもわかるように、ファンクって歌メロ中心ではないじゃないですか。


番頭:まあ、ロック/歌モノ寄りのスライ&ザ・ファミリーストーンみたいな例もあるけど、元祖ファンクのジェームス・ブラウンなんかはその傾向が強いな。歌モノから出発して、グルーヴを追求するうちにダンス・ミュージックになっていったというか。


丁稚:そう。ダンス・ミュージックって、ハウスやテクノなんかもそうですけど、サビに向かって感情が盛り上がるっていうストーリー性じゃなくて、ある一定の雰囲気、「場」をつくり出す音楽ですよね。


番頭:曲が流れているあいだは、フロアがその曲のムードやテンションに染まるっていう感じだな。


丁稚:そういう、歌メロ/ストーリーラインっていう「主旋律」じゃなくて、心地よいノリ、雰囲気といった「場」をつくり出すことを目的にしてるあたりが、日常系アニメと近いと思うんですよ。日常系アニメも、キャラ同士のなにげないやりとりが行われている「場」を、いかに魅力的に見せるか?っていうあたりに注力しますから。


番頭:ストーリー主導型の作品とは、そもそも方向性や目的が違うってことか。


丁稚:はい。ストーリー主導型アニメの構造が「サビ/クライマックス」に向けて進む「矢印」とか「線」だとしたら、日常系アニメの構造は「面」とか「空間」なんです*1

以前の記事(「まーけっと」から「ストーリー」へ 〜 『たまこラブストーリー』への期待と妄想 )で、日常系アニメを「面的な物語」と呼んでみたり、ドビュッシーの音楽に例えてみたりしたんですけど、この例えはそのバリエーションですね。

 

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丁稚:で、このファンク・ミュージックって、演奏がヘタだとどうしようもないですよね。歌メロ中心型の曲なら、多少は演奏がヘタでも、メロディが良ければ曲の良さは伝わるし、ある程度感動させることもできる。

たとえば『けいおん!』の第1話で、『翼をください』を学生のバンドがヘタクソに演奏する場面があるんだけど、それでも曲の良さはわかるんですよ。


番頭:それに対して、ファンクは演奏がヘタだと、そもそも曲として成立しないな。


丁稚:ええ、メロディ主導型の曲みたいに、主旋律を取り出せば曲の良さがある程度伝わる、っていう構造じゃないですよね。ギターリフとか、ホーンとか、ベースラインとか、全部の要素が噛み合って曲になってるでしょ。


番頭:JBのシャウトとか、ギターリフとかの「部分」だけ取り出してもダメだよな。曲そのものの魅力と、パフォーマンスとが切り離せないっていう傾向は、ファンクはとくに強いかもな。心身一元論的というか、身体性が強いというか。


丁稚:日常系アニメも同じなんです。「あらすじ」に要約できないキャラの動きとか、背景とか、細やかな演出とか、そういう細部が一体になって面白みになってるんです。


番頭:はあ…言いたいことはなんとなく分かった。ストーリー主導型のアニメなら、脚本が面白ければある程度は映像をカバーできるけど、日常系アニメは映像が大事なんだな。ファンクで演奏力が大事なのと同じように。


丁稚:その通り!そのあたりについても、以前記事(日常系アニメこそ作画が命、という話 )を書いたので、読んでみてください。

 

番頭:おう。…しかし毎回長いな、お前の記事。しかも脚注だらけだし。もうちょっと手短かに要点を書けないのか?


丁稚:なにぶん要約が苦手で…そういえば、英語のネット用語で「tl;dr」(too long;didn't read /長すぎて読まなかった)っていう略語があるらしいですよ。


番頭:うん、俺も tl;dr になるかも。


丁稚:そんな!


番頭:わかったよ、後で読むよ。…しかしさっきの理屈だと、日常系アニメってかなり演奏が上手いというか、優れたスタッフにしか作れないってことになるんじゃないか?


丁稚:はい(キッパリ)。日常系アニメは、高い技術と演出力をそなえたスタジオにしか作れません。ファンクがイモには演奏できない音楽なのと一緒です。

 

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番頭:おお…そんなもんなのか?ホントかなぁ…。ファンクだって、ニューウェイブバンドのギクシャクしたノリが逆にいい、みたいなのあるじゃんか。


丁稚:NWファンクで私が認めるのはKONKだけです。


番頭:偏ってんな。


丁稚:や、じつはそこまで研ぎすまされた日常系アニメはそう多くはないんですけどね。萌え的な観点からすれば、かわいいイラストを眺めてるだけで楽しい!っていうのがあって、その延長みたいなアニメもあります。*2


番頭:それはそれで楽しいんだ?


丁稚:幸せです(キッパリ)。あのー、ビートルズ的にいえば、ジョンやポールはそりゃあ凄いけど、たまにはジョージ聴きたいよねっていうか。


番頭:ジェフ・リンがらみの、聴きやすい路線のジョージのソロも良いもんだしな。


丁稚:はい。そういう楽しさも勿論あります。だからより正確にいえば、日常系アニメは一般には「場をつくり出す」という意味で、ダンス・ミュージック的であると。


番頭:ハウスやテクノなんかを含む、広義のダンス・ミュージックだな。


丁稚:そして、そのなかでも「丁寧に作られた日常系アニメには、上質なファンク・ミュージックのような良さがある」ということですね。

 

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丁稚:ただし「丁寧に作られた日常系アニメ」にも種類がありまして…


番頭:また例外か。お前も結局、ジャンル細分化の罠にハマってるのな。これってマニアとかオタクの宿命なのかな?


丁稚:…ファンクの中でも、ゲロッパ!みたいなダンス・ミュージック的なものと、「歌モノ」に接近したものがある、っていう話が出たじゃないですか。


番頭:ジョージ・クリントンのPファンクでいえば、パーラメントファンカデリックの違いかな。ダンス・ミュージック色が強いパーラメントと、ロック的・歌モノ的側面が強いファンカデリック


丁稚:そう!それで、『けいおん!』はどちらかというとファンカデリック寄りなんです。


番頭:歌メロ、つまりストーリー性があるってことか。


丁稚:はい。シリーズを通してみると、すごく感動的なストーリーがあります。でも、ストーリーには回収されない良さも同時にあって、それを例えるのにファンカデリックはナイスチョイスですね。


番頭:すっごい狭い層にしか伝わらなさそうだけどな、その例え。…てことは、パーラメントみたいなアニメもあるのか。


丁稚:個人的には『ゆゆ式』(感想)がそうだと思ってます。学園ものアニメにつきものの、学園祭みたいな非日常イベントを一切描かず、そのイベントに向けた準備の過程などのドラマ性も完全に排除して、ひたすら主役の3人と、その周辺人物の人間関係のバランスゲームのみを、優れた脚本・作画・演出で描ききったラディカルな傑作です。まさに日常系の極北!


番頭:おお、なんか凄そうだな…


丁稚:実際観てもらえば、かわいらしいアニメなんですけどね。

 

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丁稚:おわかりいただけたでしょうか?日常系アニメの素晴らしさ。


番頭:まあ、ストーリー主導型のアニメやドラマとは違う感覚で見るもんなんだ、ってことはわかったよ。


丁稚:ロックやポップスみたいな歌モノを聴くときと、ダンス・ミュージックを聴くときって、こっちの心構えが違うじゃないですか。


番頭:頭のチャンネルが切り替わる感じあるよな。快楽の質が違うし。音楽ファン的には、そういう感覚で見てみればいいのかな。


丁稚:はい。その感覚でぜひ『けいおん!』や『ゆゆ式』にトライしてもらいたいですね。掛け値無しに素晴らしい作品ですから!


番頭:いや、やりきった顔してるけど、「ズバリ」っていってたわりにゴチャゴチャ例外があってわかりにくかったぞ。俺がまとめてやるよ。

 

・ストーリー主導型のアニメは、ロックやポップスのように、歌メロ(あらすじ)を中心に構成される。
・日常系アニメは、ダンス・ミュージックのように、様々な要素が噛みあって心地よい「場」をつくり出す。

  

ほれ、こんな感じだろ?

 

丁稚:例外を無視して言い切ってくれましたね…


番頭:お前、上司にしたくないタイプだよな。指示が細かすぎて、要領を得なさそう。だからいつまでたっても丁稚どまりなんだよ。


丁稚:…日常系アニメといっしょで、「あらすじ」ではない細かい部分こそが大事なんですよ!神は細部に宿るんですよ!でも、そこを無視して大雑把に言い切ったほうがウケるこんな世の中じゃ…


番頭:いじけてんなー。お前のグダグダは「神は細部に宿る」とは違うけどな。…でもたしかに、「要するに」的な、大胆な言い切りがウケるっていう傾向は世間的にあるよな。睡眠時間は一日4時間半で充分!みたいな本とか。


丁稚:個人差があるとしか思えないですけどね。「言い切り」っていえば、最近某サブカル系評論家が出した本の帯の煽り文句がすごくて。「 ”日常系アニメ” を愛でる人々が、なぜネット右翼と化すのか?」


番頭:お前、ネトウヨだったのか…


丁稚:違いますよ!その本の著者も「自分は日常系アニメがネトウヨをつくり出すとは微塵も思ってない」と明言してるんだけど、でも、帯にはそういう断定的に読めるコピーを入れるわけですよ。


番頭:そういうタイトルの本、よく見かけるよな。「〇〇は△△である」じゃなくて「〇〇はなぜ△△なのか?」と書く事によって、「◯◯が△△であることは確定事項」っていう印象を与えようとしてるやつ。


丁稚:それに同意できない人への釣り効果もあるし、機能的なタイトルではあるのかもしれないですね。現に、こうして話題に出した私も釣られてるわけですし。


番頭:『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』とか『なぜ一流の男の腹は出ていないのか?』とか。


丁稚:まあ、このコピーの場合は、「人々は」じゃなくて「人々が」と書くことによって、「全ての日常系アニメファン=ネトウヨ」とは言い切ってないよ、っていう逃げ道がキープされてるんですけど。


番頭:霞ヶ関文学の世界だな。なんか、批評業界も話題集めに大変そうだな…


丁稚:がんばってほしいですね。

 

f:id:tentofour:20140618025847j:plainおまけ

 

けいおん!』=ファンカデリック

 


One Nation Under A Groove - Funkadelic (1978 ...


 

ゆゆ式』=パーラメント

 


Parliament - Mothership Connection - YouTube

 

 おわかりいただけただろうか...

 

 

*1:関連記事→線的な物語/面的な物語 

*2:もちろん映像にそこまで神経を使っていない日常系アニメの中にも、脚本の構成レベルでしっかりとしたテーマが据えられている作品もあります。作品のテーマには、表層の「ストーリーのレベルで語られるテーマ」と、設定や世界観、物語を切り取る視点などの「構造レベルに組み込まれたテーマ」とがありますが、脱物語的な傾向の強い日常系アニメの場合、後者の「構造的テーマ」に力を入れている作品が多い。今期でいえば『ご注文はうさぎですか?』がそういう作品です。