ねざめ堂

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『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』感想②:他人のなかの未来の自分

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※感想①:過去編に続き、②未来編 です。今回も、第1話~第6話のネタバレ注意です。

 この作品では、ヴァイオレットや周囲の人々が、お互いの姿を「鏡」にすることで、自分自身のことをより深く知っていく…というプロセスがしばしば描かれます。第2話では、エリカ・ブラウンが、口下手で無表情なヴァイオレットを、自身の姿を映しだす鏡のように捉えていましたよね。

 いっぽうヴァイオレットも、周囲の人々の気持ちに触れることで、少しずつ自らの過去の記憶への理解を深めていきます。

 他人と関わることが、自分を理解するプロセスにつながっていく。このような作劇は『響け!ユーフォニアム』でも採用されていました。

 

『響け!ユーフォニアム』 第12回で描かれる「鏡」としての他者


 ところで、「鏡」という言い方をすると「現在の自分」を映しだすものというイメージが強くなりますが(自分の姿をそのまま反映する場合であれ、自分との差異をあぶりだす場合であれ)、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』における「他人」は、「ちょっと未来のヴァイオレット」を先取りするような存在として描かれます。現在よりも、少し成長したヴァイオレットの姿を映しだす鏡。

 この記事では、そのような意味でとくに印象的だった第3話と第5話を例に、作中において「他人」がどのように「ちょっと未来のヴァイオレット」として描かれているかを見ていきたいと思います。

 


◯「未来のヴァイオレット」としてのゲストキャラ

 まずは第3話のゲストヒロイン・ルクリアのお兄さん。

 彼はヴァイオレットと重なる境遇をもつキャラクターです。お兄さんが「戦争で大切な両親が死んでしまったのに、自分は生き残った」という罪悪感に苦しむ青年であるのに対して、ヴァイオレットは「戦争で大切な少佐が死んでしまったのに、自分は生き残った」少女ですよね。

 もちろん、自分が「火傷している」ことに気付いていないヴァイオレットは、まだ少佐の死も、それにともなっていずれは感じてしまうかもしれないサバイバーズ・ギルトという感情の存在も知りません。なので、既にそのような感情に苦しんでいるお兄さんは(物語上)「ちょっと未来のヴァイオレット」を鏡のように映しだした存在…と捉えることができます。

 第2話まではヴァイオレットの右頬に残っていた傷が、第3話では、両者の類似性を示すようにお兄さんの頬に現れる...というのはさすがに偶然かもしれないですが、どうなんだろう?

 

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( 左:第2話 右:第3話)

 

 いっぽう中盤では、ルクリアが、ヴァイオレットを塔のてっぺんに連れていき、そこからの景色を見せる…というシーンがありましたが、それはまさに、ギルベルト少佐がヴァイオレットに見せたいと願っていた眺望でもありました。

 つまり、ここでのルクリアは、ギルベルト少佐と重なるポジション。「生きて」「自由になりなさい」「愛してる」という言葉を、ヴァイオレットにまだきちんと受け止めてもらえてはいないギルベルト少佐と、兄に「生きていてくれて嬉しい」という言葉を伝えられないルクリア。

 ギルベルト少佐とルクリアには、愛する相手への「生きて欲しい」という気持ちがうまく伝わらない(伝えられない)者同士という共通点もあります。

お兄さん ≒ ヴァイオレット
ルクリア ≒ ギルベルト少佐

 なので、第3話のラストでヴァイオレットがお兄さんに、ルクリアの気持ちを綴った手紙を渡すシーンには、ヴァイオレットが「未来の自分」に手を差し伸べる姿が二重写しになっているようにも見えます。

 「生きて欲しい」というギルベルト少佐の気持ちを(それとは気付かないままに)未来の自分自身に手渡しているかのようなシーン。

 

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 実際ヴァイオレットは、お兄さんやルクリアといった人々と関わることを通して、少しずつ少佐の言葉にこめられた想いに近付いているわけですよね。「現在」のヴァイオレットの行動が、「未来」のヴァイオレットが少佐の想いに近付くことを助けている。

 いっぽう、別なアングルもあります。たとえば、ルクリアがヴァイオレットを塔のてっぺんに案内するシーンでは、ルクリアはヴァイオレットに幼い頃の自分の姿を重ねるような視線を注いでいました。ルクリア ≒ ヴァイオレットという関係性。

 

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 よく記事を参考にさせていただいているブログ・ランゲージダイアリーさんの第3話感想でも、お兄さんに加えてルクリアも「疑似ヴァイオレット」としていますし、もちろんそうした受けとり方も十二分にできるストーリーです。

 

擬似ヴァイオレットとしてのルクリア〜ヴァイオレット・エヴァーガーデン第3話の感想(ネタバレ注意):ランゲージダイアリー


 そのように、一見シンプルな話にみえても、表層の関係性の下に、別な関係性が幾重にも折り重なるように設計されていたりするのが『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の魅力のひとつ。第3話の脚本は浦畑達彦が執筆していますが、こういうさり気ない重層性には、シリーズ構成を担当する吉田玲子のカラーも感じたり。

 

                    ◯

 

 続いては第5話、現時点でのベスト・エピソード。この作品としてはロマンチックな部類に入る話のはずなのに、「一瞬たりとも画面から目を離させねーかんな!」といわんばかりの凄まじい画づくり・演出から滲み出る気迫がもはや恐ろしいレベルでした。

 この話でヴァイオレットと立場が重なるのは、これは見たまんまですけど、同年代の女の子=シャルロッテ姫ですね。*1

 「過去」の月下の庭園での出来事が、ダミアン王子にとってはどのような意味をもつ出来事だったのだろう?と、彼の意を汲もうと懸命なシャルロッテ

 「過去」の戦場でのやり取りが、ギルベルト少佐にとってはどのような意味を持つものだったのだろう?と、彼の意を汲もうと懸命なヴァイオレット。

 でも、相手の気持ちがわからないことに涙を流すシャルロッテは、まだ泣くことのできないヴァイオレットよりも先の地点にいるんですね。やはり、ちょっと未来のヴァイオレットを映し出す鏡のような存在。

 このような二人の関係性・類似性は「犬のぬいぐるみ」という共通アイテムでも表現されていました。第1話でクラウディアからプレゼントされた犬のぬいぐるみを、第5話冒頭では机の上に飾っているヴァイオレットと、ベッドのなかで犬のぬいぐるみを抱きしめるシャルロッテ

 

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 なので、ヴァイオレットがシャルロッテにかけた「あなたの涙を、とめて差しあげたい」という言葉は、未来の(いずれ涙を流すことになるであろう)自分自身にかけた言葉のようにも聴こえる、という構成になっていました。

 

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 この作品はそんな風に、ヴァイオレットが他人と関わり、他人に手を差しのべることを通して、知らず知らずのうちに未来の自分を救済しようとしている物語なんですね。

 

 

◯むすび

 ヴァイオレットは様々な他人の姿を通して、自分自身の姿を確認していきます。

 『中二病でも恋がしたい!戀』(感想 )でモリサマー様がおっしゃられていた「自分を知るには、外に目を向けるべきなのです」ですね。

 

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 ※森夏の背景の団地のベランダがステンドグラスの模様に見えるという小ネタがおしゃれです。この第11回の絵コンテ・演出は『ヴァイオレット』でシリーズ演出を手掛ける藤田春香。

 

 この「外に目を向ける」という言葉から『ヴァイオレット』を眺めたときに連想されるのは、第1話のアバン。

 まず、この作品のファースト・カットって、ヴァイオレットが見ているギルベルト少佐の背中のどアップなんですよね。画面いっぱいのおっさんの背中からスタートするアニメ。画期的です。

 

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 完全にギルベルト少佐のことしか視界に入っていない、ゼロ年代的「きみとぼく」の世界にいるヴァイオレット*2。彼女のそんな態度は、基本的には現時点での最新話(第6話)でも継続中です。

 リオンから「自分か少佐か」という二択の質問を投げかけられたヴァイオレットは、こんな言葉を返していました。

 

「私にとってあの方(少佐)の存在はまるで世界そのもので、それが無くなるぐらいなら、私が死んだ方が良いのです」

 

 このセリフは、第1話でクラウディアがヴァイオレットにプレゼントのぬいぐるみを選ばせるさいに口にした「どれか選ばないと、世界が終わると仮定して」という(やはりゼロ年代チックな)セリフと対応しているみたいなのですが。

 ともあれ、ギルベルト少佐の「君は生きて、自由になりなさい」という言葉が、彼女にはまだ届いていません。これからのヴァイオレットがギルベルトの想いに近付いて、この言葉を理解し真摯に受け止めるほどに、彼女はギルベルトへの従属から自由になる(ならざるを得ない)。*3

 大切な相手に「近付くこと」と「遠ざかること」とがコインの裏表のように切り離せない関係になっているという「裏腹」なストーリーです(大人になって親の気持ちを理解するのってそういう感じですよね)。

 それで、アバンではその後、一人きりの病室でヴァイオレットが書いたギルベルト少佐への報告書(手紙)が、風に乗ってどこまでも飛ばされるシーンが描かれます。手紙は人の姿のない田舎からしだいに町中へと入っていき、ついには大勢の人々で溢れる港へと至る。

 

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 これはやっぱり、ギルベルト少佐しか見えていなかったヴァイオレットの目線が外の世界や他の人々にも向いていき、祝福感のある結末に至る…というシリーズ全体の流れをぎゅっと圧縮したパートなのかなと思います(そうだったらいいなあ…という希望的観測込みで。今のままだとヴァイオレットちゃんあまりにもあんまりなので)。

 ①でも話題に出したOPとED曲のアートワークでも、「過去」のヴァイオレットはギルベルト少佐にもらったブローチをじっと見つめているのに対して、「現在(未来)」のヴァイオレットは、ブローチに手を添えながらも目線は外に向いている。

 

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 果たしてそういう方向に物語が進んでいくのかどうか、緊張しつつ最終回まで見届けたいと思います。作画だけじゃなくてあらゆる面で密度が異様に高いから、観ていて緊張するんですよね、このアニメ。毎週正座して観てます。

 

※感想③に続く

 

*1:もちろんルクリアのお兄さんも、シャルロッテ姫も、境遇・置かれたシチュエーションに重なる部分があるという点をのぞいては、ヴァイオレットとは全くの「別人」「他人」です。

*2:いっぽうで、ヴァイオレットを武器として使っていたギルベルト少佐の死からスタートするこの作品は「美少女が男性主人公(=視聴者視点キャラ)のために、なぜか命がけで戦ってくれる “戦闘美少女もの” 」の「アフター」を描いているという位置づけも可能だと思うのですが、話がまとまらなくなるのでこの記事では深追いしません。

*3:作中では、ヴァイオレットの精神的自立と、女性の社会進出(経済的自立)とがリンクして描かれているようです(作品世界で女性の社会進出が進んだ背景については、公式サイトの「World」コーナー②に説明があります)。この世界の女性の憧れの職業が「自動手記人形」と呼ばれて、その呼び名の由来が、妻を愛する夫の気持ちから来ている...というのも、どこかしらイプセンの『人形の家』の捉え直しを思わせて興味深いですね。