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『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』感想①:変えられる / 変わってしまうものとしての過去

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 放映中のアニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(公式サイト)の感想です。原作小説は未読なので、アニメ版のみについての内容になっています。

 今回はテーマごとに、記事を ①過去編 ②未来編 の2本に分けてみました。どちらも、第1話~第6話(現時点での最新話)までのネタバレをしていますので、ご了承ください。

 

◯過去と現在の相互作用

 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が扱っている中心的なテーマは「過去と現在の相互作用」ではないかなーと思います。

 「過去」と「現在」との関係について、一般的には、過去に起こった出来事は「もう変えることのできない、固定化されたもの」で、その固まった土台の方向性の上に「現在」が積み重なっていく…みたいな捉え方をされることが多いと思うのですが(美少女ゲームのルート分岐を連想してもらっても良いかもしれません)。

 でもこの作品で表現されているのは「過去と現在はお互いに影響を与えあっているんだ」という認識なのですね。*1

 こうした認識は、作品のOP/EDテーマ曲のアートワークでも表現されています。2枚のジャケットを合わせると1枚の絵になるデザインなんですけど、

 

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(左:OP曲 右:ED曲)

 

 「現在」のヴァイオレットと「過去」のヴァイオレットのあいだを無数の手紙が行き交っており、両者があわさって「一通の手紙」になっている、というアートワークなんですね。過去と現在が、見方によっては、ヴァイオレットという一人の人間のなかで同時進行している…みたいなイメージ。

 このようなテーマを扱った作品としては、平野啓一郎の長編小説『マチネの終わりに』(2015 ~ 2016年)がとっても良くて、このなかで、時間芸術である音楽を例にとって、こんな説明がなされています。

 

「(…)音楽ってそういうものですよ。最初に提示された主題の行方を最後まで見届けた時、振り返ってそこに、どんな風景が広がっているのか?ベートーヴェンの日記に、『夕べにすべてを見届けること。』っていう謎めいた一文があるんです。(...)あれは、そういうことなんじゃないかなと思うんです。展開を通じて、そうか、あの主題にはこんなポテンシャルがあったのかと気がつく。そうすると、もうそのテーマは、最初と同じようには聞こえない。花の姿を知らないまま眺めた蕾は、知ってからは、振り返った記憶の中で、もう同じ蕾じゃない。音楽は、未来に向かって一直線に前進するだけじゃなくて、絶えずこんなふうに、過去に向かっても広がっていく。そういうことが理解できなければ、フーガなんて形式の面白さは、さっぱり理解できないですから。」

(…)

「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」


平野啓一郎『マチネの終わりに』(公式サイト

 

 「過去を変える・過去が変わる」といっても、「過去」に起きた(起きてしまった)出来事を無かったことにするとかじゃなくて、その出来事を「現在」の地点...現在の自分を取り巻く環境や、過去の出来事から現在までのあいだに自分が獲得した情報と照らしつつ、どのような眼差しで眺めるか...という主観的な記憶や解釈の話ですね。

 ちょっと拡大解釈になってしまうかもしれませんが、ひとりの人間のなかで、過去と現在(そして、“現在” の影響を受ける “未来” )とが、相互に影響を与えあう動的なゆらぎの中にある…みたいなイメージを連想しました。

 

                    ◯

 

 上記のような認識を念頭に置いて『ヴァイオレット』のストーリーを第1話から振り返ってみると、ほとんどの話が、過去に起きた出来事やそのとき抱いた心情と、現在の自分との「関係性」を扱ったものだ、ということが見えてきます。

 第1話でヴァイオレットが口にする「 ”愛してる” を、知りたいのです」というセリフは、感情の希薄な(というか、自分の中にある感情を理解できない)ヴァイオレットが「愛という感情がどんなものなのかを知りたいと欲している」と直接的には捉えられるし、もちろんそれでOKなのですが。

 先ほどの認識を念頭におきつつ、ちょっとだけめんどくさい言い換えをしてみると、「あのときギルベルト少佐に言われた言葉の意味を、現在の自分の立ち位置からあらためて確かめたい / 解釈したい」という風にも言うことができる。

 「 ”愛してる” を、知りたいのです」というセリフを口にするヴァイオレットの姿が「時計」の文字盤と二重写しになる...という演出も、『ヴァイオレット』が、「過去」の出来事と「現在」の自分との関係性にまつわる物語だということを反映しているように思います。

 

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 ちなみに、第6話までの時点では、毎回必ず「時計のアップ」か「時間経過を表す早回し」のどちらか、ないしは両方のカットが印象的な形で挿入されており、『ヴァイオレット』の物語における「時間」の重要性を強調しています。

 続く第2話は、ヴァイオレットが働くことになるC.H郵便社や、そこで働く人々(=レギュラーキャラクターたち)の紹介につとめながらも、そのなかの一人であるエリカ・ブラウンが、ヴァイオレットとの関係を通して、「過去」に抱いた気持ち=「誰かの心を動かすような手紙を書きたい」という気持ちを再び感じる姿を描いていました。

 そして、ゲストキャラクターが登場しはじめる第3話以降のエピソードでは、本格的に「過去の出来事と、現在の自分の関係性」が取り上げられていきます。

 

                    ◯

 

 ここからは、駆け足で各話を振り返っていきます。

 第3話はサバイバーズ・ギルトの話でした。ゲストヒロインのお兄さんが「戦争で両親が亡くなったのに、生き残った自分」を不幸にも責めてしまっているのですが、そんな彼が、ヴァイオレットの仲立ちによって、妹からの「生きていてくれて嬉しい」という気持ちを綴った手紙を受けとる。

 これは「生き残ってしまった」→「生き残って良かった」という、過去の出来事の「捉え直し」です。妹から手紙を受けとった「現在」が、兄のなかでの「過去」の出来事の意味を変えたんですね。

 キャラクターたちによる回想シーンが、すべて「時を告げる鐘の塔」(≒ 時計)を中心に描かれている点も目を引きます。塔が「過去の出来事の記憶」と「それを思い出している現在の自分」とをつなぐ中継ポイントになり、また、記憶の捉え直しの舞台にもなっている。

 第4話では、ヴァイオレットの同僚・アイリスが故郷に残してきた「過去」の出来事(男にフラれていたたまれなくなって都会に出た)の意味が、彼女のなかで捉え直される様が描かれます。たとえ元々はショボい理由で、成り行き的に都会での仕事についたのだとしても、これから仕事を充実させることができれば、ショボい過去にも意味があったことになるんやで…みたいなことでしょうか。

 第5話で焦点となる「過去」は、シャルロッテ姫の「月下の庭園」での記憶。あの夜の出来事は自分にとっては特別だったけれど、相手のダミアン王子にとっては、なんでもないことかもしれない…という姫の不安が、飾り気のない言葉で綴られた何通もの手紙によって解消され、さらに婚姻の成立によって、より素晴らしい「過去の思い出」に書き換えられる様が描かれます。

 第6話は「古文書の解読」という仕事の内容が、すでに「過去と現在の関係」にまつわるものですね。このお話では、天文台で働く少年・リオンが「過去」に経験した、母親との別離にまつわる記憶の捉え直しが描かれます。

 クライマックス、夜空に広がる彗星とオーロラをバックに、ヴァイオレットが暗唱する古文書の一節。

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その別離は悲劇にあらず。永遠の時流れる妖精の国にて新たな器を授かりて、その魂は未来永劫守られるゆえに。

 

 画面いっぱいの夜空を「区切る」ようにかかるオーロラ。その区切りを「貫通」するように流れる彗星が「過去と現在とがつながったこと」を示し、古文書の「新たな器」という言葉が記憶の捉え直しを表しているのではないかなあ、と解釈してみたのですがどうでしょうか。

 

                    ◯
 
 

 このように、第6話までは概ね、過去のポジティヴな捉え直しや再確認が描かれてきたのですが、ここから先の話数ではヘビーな側面も描かれていきそうな気配がありますよね。

 さきほどの『マチネの終わりに』にも、ポジティヴではない意味で、否応なしに過去が「変わってしまう」例が描かれています。ヒロインが子供のころ、テーブルに見立てておままごとをして遊んでいた思い出のある庭石で、後年、祖母が頭を打って亡くなってしまう。すると、その石にまつわる過去の記憶も影響を受けます。

 

「お祖母様が、その石で亡くなってしまったんだから、子供の頃の石の記憶だって、もうそのままじゃないでしょう?どうしても、頭の中では同じ一つの石になってしまう。そうすると、思い出すと辛いよ、やっぱり。」


平野啓一郎『マチネの終わりに』(公式サイト)

 

 いまのヴァイオレットはまだ、自分が「火傷している」ことに気付いていませんが、でもギルベルト少佐の兄が指弾した通り、かつての彼女が何人もの人を殺した場面ははっきりと描かれている。

 なので、今後のストーリーでは、戦争の被害者というだけでなく、加害者としてのヴァイオレットの記憶の捉え直し…みたいな部分にも踏み込んでいくのかなあと思われます。*2

 

→感想②:未来編につづく

 

*1:もしかしたら京都アニメーションが、90~00年代美少女ゲーム的な「ルート分岐・マルチエンディング式作話」から「我々にはひとつのルートしか選べないが、そのルートには(個人の主観のなかでは)可塑性があるんだぜ式作話」へとステップを進めたのではないか...という個人的な仮説(妄想)を持っているのですが。

*2:「過去と現在の相互作用」というテーマは、1月に公開された映画『中二病でも恋がしたい!-Take On Me-』(公式サイト)でも扱われていました。『中二恋』シリーズを観た方向けにざっくり書くと、テレビシリーズ2期『戀』(感想)が「連関天則 ver.1.0 → 2.0 への上書き」を描いたのにたいして、『TOM』で描かれたのは「連関天則1.0の存在価値の ”捉え直し” 」で、これが ver.3.0 の誕生?という感じ。劇中のセリフを借りれば「無駄じゃなかった」「すべてはつながっている」というこのあたりの話には、ランゲージ・ダイアリーさんの記事が触れてくれていておすすめです→指輪を二回渡す意味〜映画中二病でも恋がしたい!-Take On Me-の感想(ネタバレ注意):ランゲージダイアリー)。こんな感じで、京アニの作品って、たとえメインスタッフが違っても、どこかしら共通のテーマを発展させながら描いている部分があると思います(参考記事 → 『無彩限のファントム・ワールド』と、10年代京アニの現在地点)。