ねざめ堂

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ダーレン・アロノフスキー:「自分」という地獄

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最新作『マザー!』の日本公開が中止になってしまったダーレン・アロノフスキー監督*1。いったんは封切り日までアナウンスされていたんですが...。

 


mother! movie (2017) - official trailer - paramount pictures

 

このニュースをきっかけに、先月は監督の過去作を観返したりしておりました。

アロノフスキーには、さまざまな作品をとおして一貫して描き続けているシチュエーションがあって、それは「人が外部を遮断して ”自分” という檻に自らを閉じ込めたときに出現する地獄」というものです。

その内的・自家中毒的な「地獄」から脱出するか否か、というのがアロノフスキー的物語のフォーマットになっている*2。今回はこのような視点を軸にして、監督の過去作を(駆け足で)振り返ってみたいとおもいます。

長編デビュー作『π』から、現時点での最後の日本公開作『ノア 約束の船』までのネタバレをしているので、ご注意ください。

 

◯自分という地獄


まず、長編デビュー作『π(パイ)』(1998年)。

 


Pi (1998) Official Trailer #1 - Darren Aronofsky Movie HD


この映画では、数学に関して天才的な才能を持つ主人公の脳が「数字に侵された」結果、彼の主観から見た世界に「地獄」が出現します。

発狂寸前のポイントにまで追い込まれた彼は、自らの脳が作り出す地獄から逃れるために、頭にドリルを突き立てるハメになる。閉塞した「自分」の世界に、文字通りの「風穴」を開ける、という結末です。

 

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続く『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000年)では、自己実現という妄想=「夢」とドラッグが、登場人物たちを自らの内側に閉じ込める「檻」の役割を果たします。

 


レクイエム・フォー・ドリーム

 

誰しもが心の内にもつ「こんな人生を送りたい」という欲求や「こんな自分でありたい」という理想の自己像。それが外的な現実と衝突してぶっ潰された結果、登場人物たちはドラッグの力を借りて自分の内側に逃避していくのですが、しかしそこもまた地獄…という映画。

いちばん象徴的なのが主人公の母親のストーリーで、彼女は若いころの「華やかなドレスが似合うスリムな自分」という自己イメージに囚われており、その内的なイメージに、現在の肥満した自分(=外的な現実)を合わせるために、ダイエット・ピル(ドラッグ)の力を借ります。

その結果ヤク中になってしまい、彼女の内側に「地獄」が出現する*3。『π』とこの『レクイエム・フォー・ドリーム』で、アロノフスキーの「内的な “地獄” を刺激の強いエンターテインメントとして描く」という芸風がいったん確立されます。

3作目『ファウンテン 永遠につづく愛』(2006年)は、キラキラとしたニューエイジ風味満載の問題作*4。前作までのダークな雰囲気は一掃されており、一見アロノフスキー映画に「転調」がもたらされたかのような印象もうけるのですが…

 


The Fountain (2006) Official Trailer - Hugh Jackman Movie


でも内容は「愛する女性の死を受け入れられない主人公が、輪廻にとらわれて孤独に苦しみ続ける」というもので、やっぱり「外側の現実を遮断した結果、自分の内側に地獄が出現する」という話なんですね。

ラスト、主人公がついに彼女の死(=現実)を受け入れたとき、ようやく彼は輪廻からの解脱を果たします。

この『ファウンテン』興行的には大コケしてしまったんだけど、でも、観客の支持を得た前作までのようなダーク路線を続けていた方が安全なのに、こういう話を無防備に撮って豪快に滑ってしまうアロノフスキーってけっこう誠実な人なのでは…と、個人的には妙な好感を抱いてしまった映画でした。

 

 

◯陶酔をともなう退行


アロノフスキーの映画に本当の「転調」がもたらされたのは、『ファウンテン』での失敗からの起死回生作となった『レスラー』(2008年)です。

 


The Wrestler - Official Trailer

 
それ以前の3作では「自分の内側の閉塞世界」は苦しみ(地獄)をもたらす、基本的にネガティヴな「抜け出すべきもの」として描かれていました。

でも『レスラー』は「閉塞世界への退行」を、とてつもない陶酔感とともに描き出します。便宜的に『ファウンテン』までを「第1期アロノフスキー」、『レスラー』以降を「第2期」と呼んでみたいぐらいの姿勢の変化がある。

この映画のミッキー・ローク演じる主人公は、自分がプロレスラーとして輝いていた1980年代を理想視しており、いまの自分を取り巻く現実=2000年代に馴染めない人物として造形されています。

「輝いていた過去(内的な理想)」と「惨めな現在(外的な現実)」の対比という意味では、『レクイエム・フォー・ドリーム』の母親のストーリーを思い出させますね。

でも『レスラー』は、自分の内的な世界への退行を『レクイエム~』のように「バッドエンド」としては描きません。

むしろ見方によっては「ハッピーエンド」とも受けとれるような、陶酔感に溢れる描き方がされていて、その「 ”自分の内側に閉じこもってはいけない” なんて退屈な一般論など知ったことか!」というヤケクソ気味な居直り方が、この映画の大きな魅力になっています。

(『ファウンテン』での興行的失敗で居直ったアロノフスキー…というのは私の勝手なストーリーの押しつけに過ぎませんが、そういう類いの言い方をしてみたくなってしまう強度がある映画です。)

この映画では、主人公が過去に囚われていることを、彼の好む音楽に反映させて表現していました。たとえば主人公の部屋に貼ってあるAC / DCのポスターと、彼の娘の部屋のヴァンパイア・ウィークエンドのポスターの対比など*5*6

 

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そして、主人公が自分の内的世界へと退行していくラストでも、音楽が効果的に使われていました。身体がボロボロで死ぬ寸前なのにリングにあがろうとする主人公と、彼を引き止めようとするストリッパーの女性の会話。

 

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「俺にとって痛いのは外の現実のほうだ。もう誰もいない」
「いるわ。私がいる。それでも?」

(リングでガンズ・アンド・ローゼスの80年代のヒット曲『スイート・チャイルド・オブ・マイン』*7がかかる)

「ほら、あそこが俺の居場所だ。行くよ」

 

これ決して「自分のやりたいことを命がけで貫く」なんてヒロイックな行動じゃなくて、たんなる現実逃避なんですけど(リアルの女性よりも自分の内の妄想を選ぶ...という二次オタの鑑のような行動)、でもラスト、リング=内なる輝いた80年代にむかって少年のような顔でダイブしていくミッキー・ロークの姿には、滑稽さや悲しさとともに、鳥肌モノの美しさも感じてしまう。

このような「内的世界への退行を陶酔感とともに描く」路線は、続く傑作スリラー『ブラック・スワン』(2010年)にも引き継がれます。

 


BLACK SWAN | Official Trailer | FOX Searchlight

 
ナタリー・ポートマン演じるバレリーナは、ストレスとドラッグによって作り出された自分の内側の「地獄」に怯え、翻弄されますが、最終的には陶酔とともにそれを受け入れながら絶命する、という結末に至ります。

ラストシーンは『レスラー』とまったく同じく「内的世界へと退行する主人公が、恍惚の境地で敢行する ” ダイブ ” 」。当初は1本の作品として構想されていたらしい『レスラー』と『ブラック・スワン』の結末が似ているのは当然かも知れません。

 

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双子のようなこの2作に共通するのは、ラストの陶酔感と引き換えに、主人公の死が要請されている点です。それはまあそうで、自分の内側に完全に引きこもるという行動を突き詰めるには、彼・彼女に死んでもらうしかない(私は、それはそれで「あり」だと思ってしまう方です)。

 


◯生きねば。

 

最終的に主人公が死ぬ…という結末はたしかにカタルシスを演出しやすいし、物語としての座りも良い。でも、ずっとそういうことばっかりやってるわけにもいかないですよね。「最後に主人公が死んで終わる映画はずるい」みたいなことを言っていたのは、たしか宮崎駿だったと思います。

2作続けてカタルシスに満ちた「自分だけの世界 = 死へのダイブ」を描き、興行的にも批評的にも成功を収めたアロノフスキーですが、その路線への安住を拒否するかのように『ノア 約束の船』(2014年)では、ふたたびの「転調」がみられます。

 


NOAH - Official Trailer (HD)

 

タイトルからもわかる通り、この映画は旧約聖書に登場する洪水とノアの方舟のエピソードを題材にとっています(だいぶアレンジが加わっているために批判も受けましたが、この記事では気にしません)。

ラッセル・クロウ演じる主人公のノアは「方舟に乗った汚れのない動物たちだけが新天地で生き残ること」が神の意志だとして、罪深い人間は、自分の子供たちを最後に、地上から滅びるべきだと信じています。

ところが、ノアの息子と義理の娘のあいだに子供ができてしまう。神の命に背いてしまった…と怒り絶望したノアは、生まれて来る子供をどうするべきか天に問いかけますが、返事らしい返事はなく、ただ降り続いていた雨が止む。

するとノアは「御心に従います」みたいなことを口走るんですね。そして、生まれてくる子供を殺す決意を固める。

ここでのノアは、アロノフスキー映画の主人公がきまって陥る「自閉状態」にあります。自分の中で神の意志を強引に解釈・断定し(雨が止んだことに、まったく別の解釈可能性があることも、映画内では示唆されます)、その結果「生まれたての孫を殺さなくてはならない」という、ノアにとって地獄のような状況が出現する。

しかも、今回の「地獄」は主人公だけでなく、彼の家族、ひいては人間という種全体の存亡にも関わってきます(ノアの方舟を扱うと、話がややセカイ系めいてくるのはやむなし)。

いよいよ子供を手にかけようとするノア。でも彼は、ナイフを赤ん坊の頭に突き立てることができません。

 

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生まれたばかりの赤ん坊の顔を見たことが、彼の閉塞した世界に風穴を開けたんですね。『π』の主人公がやらなくてはならなかった「自分の頭にドリルを突き立てる」という行為に匹敵するだけのショックが、赤ん坊の顔を見るという行為にはあった...という。

この緊迫した「クライマックス」のあとに、ノアが孤独で冴えない〜きわめてアンチクライマックスな〜生活を送る描写が続くのも、この映画の良いところです。自分一人の世界から抜け出したノアは、赤ん坊を手にかけようとしたことについて、家族(他者)の赦しを得るまでは幸せになれない。


                   ◯


一連のアロノフスキー的物語のなかで、ひとつ「突き抜けた」境地に到達していたように見えた『ノア』。

最新作『マザー!』では、ふたたびダークな路線にチャレンジしているのか、それとも『ノア』をひとつの区切りとして、これまでとはまったく異なった領域に踏み出しているのか。気になるところです。

 

 

*1:物議醸したJ・ローレンス×『ブラック・スワン』監督のサイコスリラー、日本公開中止 - シネマトゥデイ

*2:「物語というものは、煎じ詰めれば ”穴に落ちた人物が地上に這い上がるか、穴の中で死ぬか” だ」みたいな言い方がありますが、その喩えに(とりあえず)乗っかってみると、アロノフスキーの場合はその「穴」が「内的な地獄」の形をとる…ということになります。

*3:『ファウンテン』『レスラー』『ブラック・スワン』でも同様に、ドラッグが主人公を外部から隔絶された自閉状態に誘います。アロノフスキー映画に登場するドラッグは、自意識を希薄にする方向には作用しないみたいです。

*4:アロノフスキーは「ホドロフスキーの影響」と言ってましたが。 → ホドロフスキーが新作日本公開中止のアロノフスキーを激励「ハリウッドと闘いサバイブせよ!」|88歳と44歳 ふたりの監督が語る映画製作と資金、そしてタロットリーディング - 骰子の眼 - webDICE  やや誤解を招きそうなタイトルが付いてますが、この対談が行われたのは『マザー!』の日本公開中止が決定する「前」だそうです。

*5:AC/DCはオーストラリア出身、70年代後半~80年代前半にキャリアのピークを築いた「酒!女!ロックンロール!」の無骨なハード・ロック・バンド(じつは音的には純化・洗練されている、という聴き方も可能)。いっぽうヴァンパイア・ウィークエンドは、08年にデビューした、モダンで折衷的なスタイルを持つニューヨーク出身のバンド。どちらも素晴らしいバンドですが、曲を聴くと父娘の住んでいる世界の違いがよくわかります。

*6:AC/DC - You Shook Me All Night Long (Official Video) - YouTube※『Back in Black』(1980) 収録

Vampire Weekend - Ya Hey (Official Lyrics Video) - YouTube※『Modern Vampires of the City』(2013) 収録

*7:Guns N' Roses - Sweet Child O' Mine - YouTube※『Appetite for Destruction』(1987) 収録