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『ドリーマーズ』 〜脱出→回収のサイクル

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 じき5月なので…という訳でもないですが、5月革命のころのパリを舞台にした映画、ベルナルド・ベルトルッチ監督『ドリーマーズ』(2003年)のネタバレ感想です。

 

◯脱出→回収のサイクル

 原作はギルバート・アデアの小説だそうで(未読です)、映画版の脚本も原作者自身が担当している。ストーリーの下敷きになっているのは、ジャン・コクトー怖るべき子供たち』。

 社会とほとんど接点のない閉鎖環境下で近親相姦的な関係にある姉弟のゲームに、部外者が巻き込まれていく…という筋立てはほとんど同じ。でも『怖るべき子供たち』と『ドリーマーズ』は、あらすじ=「器」が似ているからこそ、そこに盛られている「中身」の違いが際だつ…という関係にある。

 『怖るべき子供たち』で描かれるのは「あらかじめ定められた破滅の受容」という、古典悲劇的な結末。社会とは相容れない野蛮さを備えた「子供たち」=姉弟は、自分たちの関係に割り込んできた部外者(=俗世間)を最終的に拒絶し、クローズド・サーキットのなかで自らの純粋さに殉じる。この姉弟が社会で生きられない、という運命はあらかじめ決定づけられており、動かし難い。

 『ドリーマーズ』に登場する姉弟もまた、両親のいないアパートという閉鎖環境で、部外者=主人公を巻き込んだゲーム(映画・酒・セックス・近親相姦的ほのめかしに満ちた)に興じる。いっぽうアパートの外では、デモ隊と警官隊が衝突を繰り返し、政治の季節がはじまろうとしている。

 姉弟はゲームに興じるいっぽうで、熱く政治を語り、体制を罵倒する。だが彼等にとってはデモも政治も、すべてが自分たちの「ごっこ遊び」の延長にすぎない。主人公は彼等の「外部」のなさを批判するが、姉のイザベルに恋した彼もまた、姉弟の繰り広げるゲームの磁場にずるずると引きずり込まれ「外部」としての批判力を失っていく。

 アパートのあちこちに配置される鏡は、彼等のナルシシズムの表れ。ワインのボトルを片手にベトナムや近衛兵の話をしながら、彼等の目には自分たちの顔しか映っていない。外の世界との接点を失った部屋はゴミにまみれ、食料は腐っていく。

 やがてクローズド・サーキットは行き詰まる。イザベルは2人を巻き込んでガスでの無理心中を図るが、そこにデモ隊の投げた石が、窓ガラスを破って飛び込んでくる。「街が部屋へ!」イザベルが叫ぶ。

 「暴力に頼るな」という主人公の言葉を無視し、姉弟は火炎瓶を手に、デモ隊の人波のなかへと消えていく。最後まで社会を拒絶し、閉塞した部屋のなかで息絶えた『怖るべき子供たち』の姉弟と違い、『ドリーマーズ』の姉弟は「外部」への脱出に成功した、のだろうか。しかし、火炎瓶や催涙弾の煙にまみれた画面からは「クローズド・サーキットからの脱出」というような開放感は感じらない。

 ブライアン・イーノは、『ドリーマーズ』の舞台である1960年代末に書かれたザ・ヴェルベット・アンダーグラウンドの名曲『I’m Set Free』の歌詞について、次のように話している。

 

60年代後期に書かれたルー・リードの『I’m Set Free』は、書かれた当時以上に現在の方がより意義を持つように思える曲だ。ユヴァル・ノア・ハラーリ(イスラエル歴史学者 / 著述家)が書いた本『SAPIENS : A Brief History of Humankind』を読んだことのある者なら誰しも、”新たな幻影を見つけるために私は自由になる(I’m set free to find a new illusion)” というあの曲の持つ物静かな皮肉に思い当たるのではないかと思う…そしてそこにある、自らのストーリーから抜け出したからといって我々は何も<真実>ーーそれがどんな真実であれーーに足を踏み入れるのではなく、また別のストーリーに入っていくものなのだ、との言外の含みも理解することだろう。*1

 

 姉弟は部屋から街へ出て、自らの外側にある「真実」に接近したわけではなく、あるストーリーから別のストーリーへと回収されていった(に過ぎない?)...というラスト。『怖るべき子供たち』の姉弟(とくに姉)が「社会vs.自分たち」という対立関係を保持することのできる近代的自我の持ち主として描かれていたのに対して、『ドリーマーズ』では、そうしたもののあやふやさが描かれている...といったら、話を単純化しすぎだろうか?

 ...みたいなことを考えながら、ジミ・ヘンドリックスの流れるエンドロールを眺めていた。なにはともあれ、鑑賞後、猛烈にジミヘンのファーストを聴き返したくなる映画なのは間違いないです。

 

*1:イーノは「真実」に辿り着けないことをシニカルに捉えているわけではなく、大事なのはよりマシな「筋書き」を見つけること、と話しています。→ ::: BEATINK Official Website / Warp Records / Brian Eno - The Ship :::(リンク先でイーノ版『I’m Set Free』も聴けます。)