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ねざめ堂

アニメ・映画・音楽

甘城ブリリアントパーク 第7話『プールが危ない!』感想

アニメ 甘城ブリリアントパーク 京都アニメーション

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 もうちょっと話がたまってから感想を書く予定だったんですけど、前回書いた、1~6話通しての感想記事とけっこうダイレクトに繋がる内容のエピソードだったので、思わず更新。ネタバレ注意です。

 前回の記事でも第4話をメインに取り上げましたが、現在までのところ、あのエピソードが『甘ブリ』のコアになっている感じで、この第7話は第4話の変奏バージョンといった趣でした。

 

「無念であります。水の中こそが、自分の本領であると思っているのでありますが…」

 

 というサメのジョーが、「濡れたときのルックスが怖すぎる」という理由で陸の仕事に回されてしまう。これ、軍人としてのスキルは高いのに「パークの再建」という畑違いの仕事に回されてしまった、いすずの境遇のリフレインですよね。

 そして、第4話のいすずが「浸水」という緊急事態にさいして、スキルを発揮して輝いたのと同じように、ジョーも「水」がらみの緊急事態で本領の怖いルックスを活かして活躍(?)した結果、ラストには海賊一味のリーダー(兼監視役)を勤めることになる。

 緊急事態に一瞬だけ輝いたいすずのストーリーをなぞり、かつ平常時でも本領発揮できるポジションをゲット、という、いすずのさらに一歩先まで駒をすすめたジョーさんでした。

 

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 OP曲(良い曲である)で、のっけから「パズルのピース はまるみたい 違うカタチ つなげてみる」と歌われてますけど、「社会・組織・共同体のなかの個人のポジション」というのは、ひとつテーマとしてある作品ですよね。

 「個人」が、かつてのいすずみたいに、命令された「役割」に自分のカタチを一方的に無理矢理あわせようとした結果、ボロボロになってしまったりするんじゃなくて(リアルにけっこうある事態)、それぞれのカタチを活かしたパフォーマンスを発揮した結果、成立する「場」としての「甘ブリ」を描こうとしている、という。

 あらかじめカタチの決まった「役割」に、個人のカタチのほうを一方的にあわせるということは、その個人が壊れたら、替わりの人をつれてきて、そこに当てはめれば良いわけですよね。よく言われる「社会の歯車」みたいな話。

 もちろん社会はそのおかげで継続して回っているという面が厳然としてあるんだけど、でもあまりにもイージーに交換可能な「部品」として扱われると、やっぱり辛い。

 「部品」だと、より優れた「部品」が手に入れば交換されてポイ、となってしまうんだけど、そこで起きているのは「社会」と「人間」の主客転倒みたいな事態で、このあたりは、現在劇場公開中の『楽園追放』でも扱われていたテーマです(iTunesストアでも配信中)。

      

 ネタバレにならない範囲で書くと、いかにも虚淵玄さんっぽく、社会システムと個人 / 人間の関係を描いた話で。「社会」の維持のために、「人間」が交換可能な「部品」として、「いかに優秀な "部品" たり得るか」というイスとりゲームを展開させられて、敗者はポイっと切り捨てられるような状況って、なんか倒錯してない?という。

 「人間」のための「社会」のはずが、「社会」のための「人間」になってしまっていて、これじゃQBの確立したシステム維持のために、バトルを繰り広げさせられている魔法少女じゃんというか、そういう力学が多くの不幸を誘発している側面も確実にある。

 

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 そういう既存の社会の力学とは違う、「その人じゃなきゃダメなんだ」という「代替不可能」な価値を模索しているのが『甘ブリ』…ということをずっと指摘しているのが、いつも楽しみに読ませていただいているランゲージダイアリーさんの記事。

 毎回凄い考察なんですが、第7話の感想も気付かされるところがいっぱいあって、海賊船=グローバル化による収奪者の襲撃、とか「あ、そうか!」と腑に落ちまくりました。

      

 それで、冒頭に登場したジョーの、イスとりゲームに勝利した結果ではない、「海賊たちを怖がらせることのできるジョーでなきゃダメなんだ」という「代替不可能」なポジションの獲得が、ひとつの理想として描かれたのが第7話。

 誤解のないように一応書いておくと、ジョーが最初に回されたボイラー室の仕事がダメなんじゃなくて、あの仕事はやる人がいないとパークが回らないとても大事なものですが、ドラマ的に重要なのは、ジョーが「本領発揮できる場」を自覚していて、かつそこから遠ざけられていたという部分です。

 冒頭に引用したセリフをいいながらシュンとするジョーの姿は、第4話で落ち込むいすずの姿に重なります…というにはあまりにもルックスがかけ離れてるんですけど、まあとにかく。

 

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 さきほどの相羽さんの記事中で、当ブログの前回の記事についてコメントをいただいていて、

 

おそらく、このままだと、劣った管理人代行であった千斗いすずは、より優れた管理人代行である可児江西也に代替されました。弱きは消費され強きに代替される…的な栗栖の負け犬と勝ち組の力学の話になってしまうのを、いすずと西也が(何らかの形で)同格になることでブレイクする構造があると。

 

 あ、こういう風に書けば良かったのか!とのけぞったんですが(笑)、前回の記事に書いたように、「パークの再建」というミッションの1周目、管理人として失敗したいすずは、現在語られている2周目のミッションではその座から追われて(自ら西也を連れてきたとはいえ、実質追われた形です)=「代替」されて、秘書の座についている。

 でも、その秘書の仕事にも今のところ自信がもてない様子で。

 第6話の会議シーンでは「才ある美少女の求人応募があったら、いすずさんの秘書の地位も危ういかもですよ」というトリケンの軽口にたいして、

 

「そうね。もしその人が私より有能なら、喜んでいまの仕事を譲り渡すわ。」

 

 と思い詰めた表情でマジレス、場の空気を凍らせたいすずさん。相変わらず「代替」される不安に苛まれている様子。

 こんな彼女が、「千斗いすずじゃなきゃダメなんだ」という、ジョーがゲットしたような代替不可能性を手に入れて、西也と同格になれるのか?というところで、今後の展開にも期待です。

 

◯おまけ

 前回の感想でふれた、西也・いすず・ラティファのパワーバランス。

 第4話では、水害への対処にさいして西也といすずが一瞬対等になりましたが、緊急事態における共闘関係は今回も実現。こういう状況下のいすずさんは、やっぱりカッコいい。

 

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 くわえて今回は、「ラティファ↖︎西也」の関係が逆転。西也のまえでシュンとするラティファの姿が描かれました(かわいい)。これは、西也がラティファに押され気味だったシリーズ前半には、あまり見られなかった光景(水着PVの撮影がありましたけど、あれはちょっとニュアンスが違うので)。

 

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 そして、第4話でいすずにそうしたように、またもや「バカを言うな。大手柄だ!」とラティファのために「お芝居」(=エンターテインメント)をうつ西也。いろいろな意味で、第4話の変奏的なエピソードでしたね。西也くんまじイケメンです。

 OPアニメの3輪の桜がしっかりと寄り集まっているように、メイン3人が対等な関係として結びついていく、というサイドストーリーも進行している感じですが、ここに今後、ダブルミーニング的に他キャラもかぶってきたりするのか、しないのか。

 

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