ねざめ堂

アニメ・映画・音楽

『ハンコック』にみる、"アメリカ" のオリジナル・コンセプト 

f:id:tentofour:20140604154803j:plain

 

 今日の夜テレビ放映、ということで思い出して、以前書いた文章をひっぱり出してみました。結末には触れていませんが、一部ネタバレを含みますのでご注意ください。

 宗教がかった『アイ・アム・レジェンド』といい、ヘンな映画ばかり撮っているアレックス・プロヤス監督の『アイ・ロボット』といい、ウィル・スミスって、エンタメ大作でありつつもちょっと毛色の変わったテーマの映画に好んで出演しているように見えます。面白いです。

 

◯世界の警察

 

 『ハンコック』は、大きくわけて二つのパートで構成されています。

 前半では、アメリカという国を擬人化したようなヒーロー、ハンコックのはちゃめちゃな暴れっぷりがコミカルに描かれます。

 いちおう人助けという名目で動いているんだけど、雑な行動が災いして、余計に被害を大きくしてしまう姿は、映画の制作当時あたりまで「世界の警察」を名乗っていたアメリカの姿。そして彼に轟々たる非難を浴びせる、世間やマスコミ(=他の国々)。

 そんなハンコックが、はじめてできた友人の「プロデュース」によって、徐々に世間と折り合いをつけていく姿からは、「アメリカも、もうちょっと他の国と上手くやろうよ」というメッセージを感じます。

 

◯『ベルリン・天使の詩

 

 そして後半。ハンコックがじつは大昔に創られた神話的な存在であり、愛を知ると超越的な力を失ってしまう、という設定を軸に、物語は新たな展開をみせます。超越的・メタ的な視点をキープしているうちは全能感を感じ、力を行使することができるけれど、特定の誰かに惹かれるとそれを失ってしまう。

 これをアニメ・ゲーム的に言い換えれば、ハーレムを維持しているうちは、大勢の美少女たちに囲まれたカラフルな日常を楽しめるけれど、特定の誰かを選択した瞬間に、他の女の子たちとの関係をあきらめ、人を傷つける痛みと向き合わなければならない、というような状況です。

 これは以前感想を書いた『かぐや姫の物語』(美少女キャラの消失 〜『かぐや姫の物語』感想 - ねざめ堂織物店)でも描かれたモチーフですが、『ハンコック』の場合は、ヴィム・ヴェンダース監督『ベルリン・天使の詩』が下敷きになっているのではないかと思います。

 『ベルリン・天使の詩』に登場する天使は、時間も空間も、すべてを超えて存在しています。その位置からは、この世の全てを見通すことができる。でも、触れることはできない。ただ見ているだけ。

 エロゲー的にいえば、共通ルートにとどまり、特定のルートに入っていないので、女の子とエッチできない状況です。その超越的な立場を捨てて、個別ルートに飛び込んでいく一人の天使の姿を描いた傑作。

 この映画には、少年時代からアメリカに憧れながら、結局ハリウッドに失望して『パリ・テキサス』を最後にヨーロッパに帰ったヴェンダースの、アメリカへの屈折した思いが反映されていました。伝統のある(伝統に縛られた)老いつつあるヨーロッパと、失望しつつもやっぱり捨てきれない、理想としての「自由の国」アメリカのビジョン。その理想を再び信じ、飛び込んでいくことができるか。

 

 ◯ U2と "アメリカ" のオリジナル・コンセプト

 

 ヴェンダースと親交の深いアイルランドのロックバンド、U2のギタリスト、ジ・エッジは、アメリカに移住していった自分たちの祖先とアメリカとの関係について、インタビューで語っています。

 大勢のアイルランド人が、圧政と迫害から逃れてアメリカに渡ったけれど、アメリカにもそれらは違う形で存在したこと。それでもアメリカは、長い間アイルランド人にとっての " 約束の地 " であり続けたこと。

 

 「俺達(U2)がしっかり捕まえておこうとしているのは、独立宣言や合衆国憲法に記されていたような初期の"アメリカ”のオリジナル・コンセプトなんだと思う。あそこにおけるアメリカという思想は、非常に重要で、驚くべきものなんだよ。勿論、その思想と現実の間には、巨大なギャップがある。それは俺達も認識してるけど…」

スヌーザー 2002年 12月号)

 

  ジョン・ハンコックは、アメリカ独立宣言に最初に署名した議員の名前だそうで、その名前を借用した主人公を、黒人であるウィル・スミスが演じているのも興味深いです。映画のハンコックは、アメリカの国鳥である鷲のマークのついたニットキャップを愛用し、のちには友人から贈られた、やはり鷲のマークがあしらわれたコスチュームに身を包みます。

 現在の、現実に存在しているアメリカではなくて、初期の"アメリカ"が掲げていたオリジナル・コンセプトを体現したヒーローが、この映画のハンコックだったのかも知れません。

 こんな風に書くとアメリカ帝国のプロパガンダ映画という感じがしてしまうかもしれませんが、映画のムードは「いまの好戦的なアメリカはギスギスしておかしくなっちゃったから、ここらで理想に立ち返ろうぜ」というような前向きなもので、嫌な感じはしないです。フック船長のような義手や、ジミニー・クリケットばりに「良心」的な友人の存在など、ディズニー的な意匠もふくめて、どこを切っても "アメリカ" 映画。

 90分ちょっと、という上映時間も好印象です。「娯楽アクション映画なんだから、このぐらいでいいよね?」というバランス感覚。じつはあんまり期待しないで観始めた映画だっただけに、思わぬ拾い物という感じでした。

 

◯おまけ

 

 圧政に抵抗して、島流しになった男の心情を歌った、U2『Van Diemen's Land』。アルバム『Rattle And Hun(邦題『魂の叫び』…どうしてこうなった)』に収録。

 ギターのジ・エッジが、この曲ではボーカルもとっています。良い声してます。

 

 


U2-Van Diemen's Land (Lyrics) - YouTube